洗濯物を干しながら。
2008 / 11 / 22 ( Sat ) 悩んだ時は
いろんな選択肢から、自分が一番自分をすきでいられそうな方法をなるべく早く選ぶのが いいのかなあと 想う。 悩んでいるときは、自分自身を好きでいられないことが多い。 もともと努めないと自分を好きになれない私だが。 そんな自分が嫌になるが、 自分を嫌になってる間に、 それを拭う方法を探したほうが じぶんの精神衛生によいのかな、 と気づいた。 今朝。 昨日後輩を叱ってから、少し、その言い方があまりよくなかったなと、後悔した、で、スミノフ飲んで寝ちゃったけど。 今朝洗濯物をほしながら。 (いい天気だな〜)なんて思いつつ考えてた。 少し情緒不安定なのは、 人事異動のせいです。 苦笑 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
バランス
2008 / 10 / 23 ( Thu ) 12CH(テレビ東京)の経済系の番組って
面白い。 さて。 求めるものと求められるものに食い違いがある、という事実。 それについて考えてみた。 やりたいことと求められること。 このからくりには、たとえば、「商品が売れる」という商売の世界の、なにかテーゼ的なものが存在する様に思う。 なんとなく。 自分が作りたいものを作って、適当に売ってみても、それをほしがる人に会う確率はとても低いだろう。 要するに売れない。 だから、逆に 人々がほしいと思っているものを作れば、 需要と供給が合致して、 そこにその商品は売れる。 それが商売だろう。 商業の分野は、常に世の中の風を、先をよんでいかなければならない。 それができる会社だけが生き残るのだ、ああ、シビア。 でも商売ってのはきっと、そう簡単ではない。 まず、ものをつくるにはお金がかかる。 それに人々がほしいものを、読むには、多くの市場調査がいるだろう。 それから、人々がそれを知らないといけない。広告。 この時点で、売るというところまでに多くの資金がいることが想像つく。 そして、その資金や、運営費を賄えて、その上で売上を上げることができれば、 それが自分のもとへ収入として入ってくるのだ。 が。 人々がほしがるものは時の流れとともに、あっというまに変化してしまう。 それが、食糧品や日用品などの生活必需品ではないショービジネスの分野はそれの最たるもので、 だからこそ、 音楽などという分野で生活していくのは、難しいのだ。 やりたいことをやって、それで生活できる人間はほんの一握り。 たいがい人というのは、社会の歯車のひとつ、社会が求めるののいいなりにしかなれないのだ。 ようするに自分の求める場所ではなく、 自分の求めらる場所でお金を稼ぐのだ。 いや、でもこんな否定的な書き方をしなくても、ほんとうはそれが、普通で、 日本国民の三大義務のひとつ、「勤労の義務」なので いいなりなんて言い方しなくても、 日本国民なら、働くということが無条件に必須項目と言っても、べつに何の弊害もない。 ただ、自由が飽食の時代、働かないという選択肢も実際存在する。 それはおいておいて、あたしのように働いて、自分の生活をたてている人間において、 せめてある程度、適正にかなった場所で 身を粉にしたいと思うわけで、 (というか、それができる今の日本があるわけで) 人は仕事を選ぶ。 もちろん自由というのは、その代償にいろんなものを付帯して存在するので その今の自由な社会が、逆に苦痛を生み出しているのも、否めない。 自分が求めるものと自分に求められるもののバランスをどれだけうまくとれるか、 それが、社会で生きていくなかで必要なスキルではないかと 思いました。 求めるものが少なければ、 求められるものに柔軟に対応できる。 仕事でも人間関係でも、 結構なんでもそうなんじゃないか、って想う、今日この頃です。 商売にたとえてみたが、 これは、実は人間関係にも当てはまるようにあたしは思う。 でも。 ジレンマのような、たとえば、それじゃいったい自分自身というのは、どこに存在するんだ、というアイデンティティの探究、存在価値の確認に 時折人は明け暮れる。 もしかしたら、それをどう、消化していくか、度の手段で、納得していくかが 人生なのかも。 ある人は、自分の作りたいものだけを作るだろうし、 ある人は、とにかく売れるものもを造るかもしれない。 自分の作りたいものを作り出していくなかで、それが世の中の時代の流れにマッチして、どかんと売れるかもしれない。 (ばくち的だが) でもそんな人も、その後、努力なしでは、生き残れない。 自分のやりたいことと求められることの狭間で、 どれだけ自分自身を見失わないで、柔軟にニーズに応えなおかつ、やりたいことを実施していけるか。 うむ。 人生は忙しい。 これはあたし自身の考えなので、 一つの論として書いただけだけれど。 「バランス」をうまく取れれば、 生きるのが、楽になる。 人との、仕事との、さらに家族との、距離感。 あたしにとっては、あたし以外のすべての存在に対して、自分の心地よい距離感を保つ、そのバランスがどこなのかを探るのに日々終始してたりしてたりします。 近すぎると苦しい、遠すぎると空しい。 と。 12chを見ながら、考えすぎた、私でした。 そうやって、どこかにあるかもしれないなんて想う、パーフェクトを探して、 人生を歩いて行くんだろうなー。 で、パーフェクトではない、そこに一番近い場所で、 あたしはこの世からいなくなれれば、 それは実際にあたしとしてパーフェクト。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
いろいろと想う。
2008 / 10 / 06 ( Mon ) 私は結婚に夢もあこがれも持っていない。
まったく持ってないといえばウソになるし、こう言っていること自体、それを意識しているのかもしれないけど、他人との共同生活は、すごく大変だって、普通に思うのです。 学生の頃の半同棲の記憶を思い出しても、 それはすごく濃いけれど、相手の嫌な部分もすごく目に入るので、 精神的に成熟する前のそれは、苦しいことが多いとおもう。 ただ、大変なことが多いぶん、返ってくる幸せも大きい、はず。(たぶん) 夢はもってないけど、結婚願望はあります。 ようするに冷静に理性的に、現実的にそれを見ても、結婚してみたいという気持ちがあるということ。 よくわからないけど、もしかしたらこれはただの「好奇心」なのかも。 結婚にたいして、あまり素敵な理想を描いていないわりに、 別に否定的なわけではない。 今までのそれなりの恋愛経験から想うと、 他人と多くの時間を共有することで、 ふたりの共通の思い出ができ、 絆ができ、情が生まれ、 その積み重ねがかけがえのないものになる、というのは、きっと結婚も同じなんじゃないかと。(あたしの価値観) それほどモテるわけではないけど、 いくつかの恋愛をしてきて、 修羅場的な、不倫はないが、たとえば奪ったり奪られたりとか、そんな複雑で面倒な場面も時折あり、 そんななかで、女同士はあっというまに敵同士になる。 でもそれは、世の常。 裏切りも嫉妬も、醜い感情もたくさん見て。 もちろん、自分自身のそれも。 傷つけたり傷ついたりを繰り返して、それでもまた誰かを好きになったりして だから、結婚にもすっかり理想を描けなくて でも、あたしがいま思うことは、恋愛のなかで たとえば愛する人、好きな人と、ただ、いい関係を築いていけたら、それで幸せだと。 何かを求めることもないし、 愛してほしいとかそういうのもない。 ほしいなら、与えるのが一番近道だと思うし。 いろんなことを繰り返しているうちに、「誰かに求める」という気持ちが生む、疲労感がほとほといやになった。 相手を思う気持ちの量、自分を守りたいだけなのか、ほんとうに好きなのか。 ただ一緒にいる時間が楽しければいいし。 恋愛でも、 あたしが一番好きな部分は、知らなかった相手と一緒に同じ時間を過ごして それが積み重なっていく部分。 一緒にすごした記憶、それがあたしには一番だいじな部分、 そう思う自分は、 結婚に向いてないわけではないだろー って、思ったりします。 割り切って、不倫や二股ができる体質ではないし たとえば隣にいてくれる人とのこの先を、少なからず考えてしまうわけで。 結構夢見がちだったあたしも、もうすっかり現実的になってしまって、 いろんな傷を負っては、それを磨いて、直して、 今は、直した傷も目立たなくなって、少し濁った新しい光を放っている そんなあたしのこの先を考えてみた。 恋愛結婚観。 周りとか、世間体とか、 最後の最後にはそれは捨ててしまってもいい、 なぜなら、あたし自身の人生の出来事だから。 28歳、 という、妙歳。 なんかまとまりのない、文章で、すいません。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
思うこと
2008 / 09 / 07 ( Sun ) 人生はいろんなことが起こる。
何も起こらないときもある。 たくさんのことが一度に起こることもある。 いろんなことが続いて起こることもあるし、 同じことが二度起こることもある。 先のことはわからなくて、新鮮だから、 人はきっと生きていけるんだと思う。 先のことを楽観も悲観もしない。 あたしは、目の前に盛られた現実を そのまま受け入れる度胸と器と勇気を持つようにいれればと そう思う。 なるように、なるんだろう。 生きていれば、何かはそれなりに収まり、 永遠は無い。 それは辛く苦しいこともだし、うれしくて楽しいことも。 辛いことが終われば、喜びに変わり、うれしいことが終われば、悲しみに変わる。 きっといろんなことは、それほど心配しなくて大丈夫。 「明けない夜は無い」という言葉が好き。 しんどいときには、これを思って乗り切る。 楽しいときには「このまま時間が止まればいいのに」って思う。 後者は残念ながら、不可能だけど! ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
きまりごと
2008 / 08 / 10 ( Sun ) たとえば、自分の中にある「決まりごと」が
自分の首をしめることがある。 それがストレスになったりしては、いけないと思って なるべく決まりごとは作らないようにしている。 「こうでなくてはならない」っていう既成概念は なにかを見えなくしてしまう。 考え方に柔軟性や、ときに消してしまえる潔さをもてるようにいたい。 できるだけ、の話だが。 (きまりごとはつくらないから)笑 これもストレスコントロールのひとつなのだが。 自分の中のルールというのは、 それがストレスになるようでは、ルールとしての価値も下がるのです。 ま、「適当」ってのが一番って話です。 苦笑 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
命とは
2008 / 05 / 27 ( Tue ) たとえば、花がそこに咲いていることに理由がなくて、
花はその場所を選んで咲いているわけではなく、 ただ、種がその土に根付いて、太陽を浴び、雨を掬い、成長して、満を持して花開いたことを想うと 自分が今ここに生きている理由などないと思えてきます。 生きていることが当たり前なのは、恵まれているからで 生きていられることを当たり前に思えるのは実は贅沢なことなのだと たとえば今の日本という裕福な場所で、生きていくことになんら支障のない生活を送れることに 感謝しなければと思います。 恵まれていると、当たり前にある存在に、ありがたみを感じなくなります。 不感症になる。 人はいろんなものがありすぎると、心が弱ってしまうのだろうと思います。 生きていくことに必要なのものは、それほど多くはないと思うし、 人の欲は底なしだと思います。 そして、いろんなものがあふれてしまうと、 自分の手で手に入れようとする努力や生きるために働くような切迫感からも遠ざかるのでしょう。 傍から観たら、恵まれているとしか思えない人は 生きていることさえ実感できずに、 心を病んでしまうのかもしれません。 ほんとうは考えなくてもいいことまで、考えてしまったり。 あまりに守られて育ってしまったために、弱すぎて耐えられなかったり。 元気で生きていられることが、どれだけ、すごいことか、 感じることが難しい、日本の世の中に、ワタシも時々疲れます。 ただ、でも、生きていること、元気なことは、お金では買えないものだし、 あたりまえに存在する全てに、感謝する気持ちを いつでもわすれないでいなければと、 このものの豊かな日本で失ってしまいそうになる心の豊かさを かきあつめて想います。 花は何も考えず、迷いもなく、ただ精一杯、命の限り花開いていて。 それが何より美しく、 それがまさに自分の向かうべき姿であると、 そんなふうに生きていけたらと 初夏の帰り道、畑のかたわらで咲く黄色い花を見て 想うのでした。 自らの命を自らの手で絶ってしまったあのアナウンサーのことが頭から離れないまま歩いていて。 同い年なのになあなんて。 かなり衝撃的で。 でも。心の闇は、複雑で。 ただ、彼女は苦しかったんだろうなと。 こんな言葉であらわしちゃいけないけど、苦しかったんだろうって。 考える葦、人間って大変だよなって、想います。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
考えない、求めない
2008 / 05 / 06 ( Tue ) 先日、仕事の関係で臨床心理士さんと話をする機会があったのだが。
「考えない」=「脳の休息」=ストレス解消になるそうだ。 ほほう!!っと目からうろこが落ちた。 たとえば、趣味に没頭。的な。 何かに集中して、仕事など、ストレスの原因になることを一切考えない時間っていうのが、 つまるところ、脳を使っていない時間、脳休憩中になるわけ。 なるほどなーって思った。 それは、その人によってそれぞれで、スポーツが好きなら体を動かせばよし、 体を動かすのが嫌いなら、インドア的なことでもよし。 何か、まったく別の気持ちに切り替えられたとき、ストレス解消成功!になるそう。 家でぼーっとしてても、案外すっきりしないのは、気が散々でいろいろ考えちゃうからだそう。 このブログで仕事のことを書かないのも、無意識に思い出したくないって思ってるからだろうな。 とにかく脳スイッチをオフにできたら、いいのです。 方法は人によりけり。 それから。 「人にこうして欲しい」 と願うことが、思い通りにならないとき、人はストレスを感じるのだそう。 認知症のケアについての話だったけど、これって日常的に常に存在することで。 あたしは、もう10年前くらいから、自分以外に何か期待をすることをやめてしまったので、 というのは、それをしてしまうと、期待通りにならなかったときに、「失望」するからで、 そして、往々にして、人生ってのは、期待通りに行かないもののようなので、 そういうストレスは今はそれほど感じないけど、 ものすごくなるほどなーって思ったわけです。 相手に求めないのは、ストレスを感じさせないようにする手段のようです。 求めないと楽に生きれます。はい。 みんな、じぶんのことばっかりだからねーこの世の中。 こんな日本に生まれると、「求めない」ってのは、なかなか難易度高いですけどね。 そんなに欲しがって手に入れたって、案外たいした価値ないもんですよ、大概。 へーーーーーーって思いながら、聞いてました。心理士の先生との話。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
never mind,never mind..
2008 / 03 / 09 ( Sun ) 小さいことにとらわれた時は、
ちょっと人生を俯瞰してみる。 気にしているそんなことは、この人生のなかで、ゴマ粒より小さい出来事だ。 イギリスにいたときに、とあるじいさんが笑顔でゆっくり言った。 「NEVER MIND,NEVER MIND」(気にするな、どうってことない、大丈夫さ的な意味) たばことお酒が大好きで、脳梗塞かなんかをやって、言語障害と片麻痺を持ってるじいさんだった。 奥さんはじいさんのことが大好きだった。 じいさんの呪文を思い出した。 言葉なんて、人間が使う道具のほんの一部にすぎない。 だからよく生きられるように、上手に使おう。 そいでもって、またくる新しい日を楽しく生きよう。 あのじいさんの口からでたあの言葉は、妙に説得力あったなー ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
漠然としていること。
2008 / 02 / 22 ( Fri ) わたしはたぶん
理論的ではなく感覚的 そして案外 理性的ではなく本能的 だと思う。 口げんかは勝てないほうだし。 そんな私が こうやって文章を書いてる、不思議だなって。しかも続いてる。 自分のホームページから始まって(はやってたから笑)、ブログにきりかわって、もう五年ぐらいこういう作業をやっているけど、 自分の気持ちを文章で整理するのは、自分にとっていいことだなーって思います。 ときどきここで書いてることが 自然に口からでることもあるし。 漠然と感覚として持っていることをはっきりと文章化するって、 自分の足りない部分補ってるみたい。 もともと思っていることや、気持ちを言葉で伝えるのが、下手なので。 そのときどきの心や状況を言葉にして、引き出しに入れておくと、 あとあと説明したいときに、楽です。 仕事でもプライベートでも。 話すってことが、実は苦手で。 自分にとって、話すより聞いてるほうが楽なので、 大概、「うんうん」とかいって、相槌うってるうんだけど たまにうわの空のときがあったりして。 そんなときは、ばれてるんだろうな。 はは。 日記帳に書く日記って三日も続いたことないんですけどね。 誰かに読んでもらえるって、大きいんだと思います。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |
人間と人間のあいだで
2008 / 02 / 16 ( Sat ) 世の中にはいろんなひとがいて、いろんな考え方のひとがいるのはいうまでもないわけで。
自分にとって、いいひとばかりではない。 でもそれが、この世の中。 もちろん、自分だって、誰かを傷つけたりする。 生きていて、誰かと接していれば、頻発する。 それを怖がっていてもしょうがない部分もある。 それに気づいてるときもあるし、きづいてないときもある。 (故意ではなく事故であって欲しいのが願望、でもあたしも人間) あたしは、昔に比べれば、今は他人のいろんな言葉に大して振り回されないし、 傷ついても、立ち直るすべもいくつか知ってるし、 多くのわずらわしいことを流したり忘れていけたりもするし、 どういう風に人間関係を自分なりに築けばいいか、 あたしなりに出来上がってたりする、 他人を分析する癖があるあたしには 他人の精神的な成熟度を判断するのに3つのラインを見つけている。 自己より他人を思いやれる力と空気を読む力、それから自分を客観的にみることができる力。 まあ。偉そうだなって自分でも思いますけど(苦笑) いろんな人と接してすごさなければならない社会生活で 自分なりに淘汰されて見出した三つ。 新しくであった人と接していくと見えてくる相手の人間性を 主観ではなくて、客観的に処理して手にしていきたいと思うところから出てきたのだと思う。 自分の好き嫌いで、人と接するのは好きではないし、 多くの人はいいところも悪いところももってて、それが人間なんだと思ってるから。 あたし自身もまた、自分自身の強弱や長所短所をわきまえて 人と接していきたいと、思っていたりする。 自分のことしか考えてなかったり、自分が最優先だったりするひとは、すごく幼稚だと思うし、 空気の読めない、特に「言葉」を選べないのは、いたたまれないし、 自分をよく知っている人は、素敵だと思うのです。(自分の弱さを認められる人というか。) もちろん、自分自身も日々勉強ですが。 恋愛に関していえば、 自分よりも精神的な年齢が同じかまたはタフであることを相手に求めてしまうのが 今のあたしで、 さらにただ楽しいだけの恋愛とか、求めてないのも、彼氏できない一因なんだろうと。 っても、いつでもスタートは切れるんですけどね。 選びすぎーってよく言われます(笑) いや、ていうか、選ばせてくれよ、自分の男ぐらい(笑) 基本的には、人がすきなんだろうと、自分を分析してます。 でも、人間関係っていうのは、いつまでたっても、どんなステージにおいても、難しいなーって思います。 円滑にはすすんでますけどね。 ということで。よろしかったら、ぽちっとな、ひとつお願い。笑 ↓今日もそのあなたのライトハンドWithゴールドフォーフィンガー プリーズプッシュプッシュ ![]() あなたのそのクリックが、あたしを救う。(笑) |

